寄らば大樹の・・・どこか2

その日その日感じたことを書いていくみたいな。たまに変なこと書くときもあると思いますが馬鹿だなと思ってスルーして下さい。

コロナ蔓延は天の決めたことで政府を恨むのではなく天を恨め

東京の感染者が2447人。

この数字をみてさすがに事の重大さは認識しているだろう。気になるのはいきなり感染者の数字の桁が上がっていることである。今までの東京の感染者は例えば昨日300人の感染者で今日は250人で明日が330人と小刻みとは言えないが上下100以下の数字で上昇下降を繰り返していた。それが年末に900人台の数字が1300人に一気に桁が上がりその後三が日で800人台になったと思えば1月6日は1500人とまた桁が上がりそして1月7日に2247人…いくらなんでも大さっばに感染者の数字が上がり過ぎている。これはもうタガがはずれて遊びほうけていた12月25日ごろにコロナに感染していてその結果が出てきたものだろう。コロナの潜伏期間は14日前後と言われるからここで日本国民の民度が窺い知れる。もう自分の楽しみの為ならば後は野となれ山となれと後のことを考えていない陽気で無神経で行ってしまえばアホの十乗の日本人がいたことは今更悔やんでも仕方がない。日本人が規則正しく決まりを守る礼儀正しい国民性なんて大間違いで大して隣の大陸の人間らと変わらずアレではただの猿と同じです。

12月13日にあるイベントに向かうため東京を出歩いたが、自分を含めどいつもこいつも能天気なバカ面下げて街を徘徊していてこれではこの2447人の伏線になることは自明の理であった。外に出るくらい申し訳なさそうな顔が出来ていない。

何故あなたは外へ出かけているのですか?

外で遊びたいからです。

何故コロナなのにですか?

コロナに注意しているし。

外に出歩かなければコロナになる確率は下げられます。

それでは面白くないではないか。

さすがにもう私はこんなイベントごときに出るなんてことは決してしない。それにしても人間とは楽しみを封じ込めることは不可能なのかと。欲求とは人々によって振れ幅が違う。外に出る人でない人みんなそれぞれ個性で成り立つ。しかし、倫理観を度外視しても遊びたいという心理はどうなのか? 殺人は法律で禁止されているにもかかわらず殺人が起きる。誰でもわかっている禁止されていることがことなのに殺人は起こる。何故か? その時の感情をコントロールできないからである。人を殺す感情に理性が働かない至極単純な回答であるが犯罪心理学の基礎である。それと同じことがこのコロナのさなか遊び歩く人間と重ねられるだろうか。遊びたいという気持ちが強いために自粛するという理性が働かず外に出てしまうのは殺人犯の心理と同じなのか? いや、少し違うだろう。いけないとわかっていてもやってしまうという犯罪がある。例を挙げると飲酒運転である。誰もが酒を飲んで車を運転するのは禁止されているのは知っているにもかかわらず、飲酒運転は無くならない。

何故なのか? 事故を起こすだろう⇒自分は大丈夫、酒を飲んでいてもちゃんと運転できる。

警察に捕まるという考えは起きないのか? ⇒警察なんてそうそう捕まるもんでもない。第一警察に出会わなければ飲酒していてもバレナケレバ犯罪じゃない。

うん、これがコロナのさなか出歩く人間の心理と一緒である。「自分だけは大丈夫、コロナに感染しない」とどこからそんな自信が来るのか甚だ疑問だがこのような根拠のない楽観的かつ大した自信がある。このように自分は大丈夫という考え方で飲酒運転という犯罪を犯す奴の頭を分析したある刑法学者が唱えた「宝くじ理論」というのがある。「自分はもしかしたら宝くじが当たるかも」という考えと「自分は犯罪を犯してもバレないだろう」という心理作用とを当てはめた結果このような理論が出来上がる。事故らないだろう捕まらないだろう≒感染しないだろう大丈夫だろう。まさにコロナ禍のさなか出歩いて飲食してる人間と同じメンタリティーではないだろうか。人間は罪深いもので根拠のない自信を持ち合わせている。その自信が自分の身を亡ぼすことになるだろうという思慮深い思考は持ち合わせていない人間が多々いる。昔もいただろう大東亜戦争を指導した軍人どもが。とりあえず戦えば勝てるというただそれだけの理由で超大国を敵に回した。孫子の兵法でもっとも忌み嫌う格上との正面衝突をなんの疑うこともなく戦争に踏み切った判断力の無さ。そんな昔の人の遺伝子を今の現代人はしっかりと受け継いでいる。さぞかし先の大戦で亡くなった先人達も鼻が高いだろう。

と、結局この状況は何故起きたのか。一説では武漢生物兵器の工場が何らかの不手際で戦争で使うウイルスが武漢の街に漏れだしたことがそもそもの始まりだと聞いたが結局それも意味不明のまま。どこから湧いて出たのかも知れずに人々の不安をあおる。これは誰が悪いのか? 中国がわるいだろう。だったら中国に恨みを持つべきである。それなのに飲食店のやつらは政府を批判する。感染が収まらないのだから飲食店に協力してもらうのが当たり前で、それなのに文句を言うのは国賊である。何のために貯金してきているのか? こういう時の為に転ばぬ先の杖として貯金があるだろう。それなのに文句を言っているのは稼ぎは贅沢品やギャンブルに消費してしまったのだろうか? 緊急事態宣言に文句を言う飲食店がいたら「私たちは稼いでいた金はみんな使ってしまっただらしない人間だから」と言いふらしているようで実にいたたまれない。派遣切りが出始めた時に年が越せないとか言っていたが、実はアイツラは派遣でも30万はとれていたのにそれを貯金せずに高級家電やギャンブルに使っていて貯金なんてしていなくて年越し派遣村が出来たという経緯があるし、もしかしたらそいつらと同じなのか? 緊急事態やめろという飲食店経営者を私は白い目で見ている。貯金もしない今がよければいいという身勝手な生き方していた報いを受けているだけで政府を批判するのはお門違い。それにそんなにつらいのであれば自殺すればいい。コロナで自殺が増えているんだから別に自殺しても問題ない。人身事故に舌打ちしていた人間ならば尚更今すぐ死ねと私は言いたいし、見苦しく騒ぎ出す品格はことのほか大嫌いだ。武士道を忘れ腹を切ることが無くなった日本人。恥をさらす前に腹を切ることができれば来世で立派な人間に生まれ変われるのではないだろうか。

それでも納得がいかないならば天を恨むべき。誰もがこんなことになるように仕向けたのではない。誰が何の目的でコロナをばらまいたわけではない。それなのにコロナが蔓延したのは天の為せる業である。私は天命思想が好きである。すべての吉凶は天が導いた結果というのが天命思想。古来より災害事故不幸は人為的な要素で起こるのではなく自然的に、つまり天が決めたことなので人間がどうすることも出来ない。だから政府が頼りないというのは間違いである。天が決めたことなのだから、つまり災害と一緒で仕方がないと受け入れるしかない。もしコロナを憎むのならば天を憎めと。天に唾を吐いて天を滅ぼしてやると言い放つのである。感染を抑えることは人間の力では難しい。ならば感染を受け入れて無理やり日常に戻すか、感染を抑えるために経済を殺すか、そのかじ取りに今度政府は感染を抑えることを掲げた。ゴーツーで一時期の潤いを見せたなら今度は引き締めを行おうとしているだけである。

コロナ時代を生き抜くために居丈高な飲食経営者には四つの策を授ける。

一.政府を恨むのではなく天を恨め

二.それが出来ないのならば受け入れろ

三.それが出来ないならばその仕事を辞めろ

四.それが出来ないのならば死ね、必ず死ね