寄らば大樹の・・・どこか2

その日その日感じたことを書いていくみたいな。たまに変なこと書くときもあると思いますが馬鹿だなと思ってスルーして下さい。

当てるというより引くこと自体が難しい鬼滅の刃一番くじ

ほら今日アレじゃん?

中山大障害とかじゃなくて、みんな大好き鬼滅の刃一番くじの日じゃん。このくじ以前夏の終わりごろにやったんだけど作品がくっそ大人気になった関係で再販したんだよね。ほんと何がそんなに大人気なのかはわかる人が理解すればいい。

んで、私も鬼滅の刃が大好きだから勿論楽しみにして生きてきて、今日その日を迎えることができたんだけど、これまた大人気だから競争倍率が凄まじいだろう。だから腐さん方が襲来して警報出るような都内の店で引くのはどうせ満足な結果が出ないだろうともっとべつの場所で引こうとしたのです。

よーし明日は早く起きて店で並んで待つぞーといって寝たんだけど、開店時間を間違えて(笑)店に着いたもんだから当然売り切れてた…。店の開店時間30分後に着いたんだけど見事に完売。なんじゃそりゃ? マジ意味わかんねー。もっとロット仕入れておけよ。その店では5回までしか引けない制限だったとか。あんれまぁ、10回なんて引けんのね。もしかしたら引くことができるだけでもラッキーなとんでもないくじなんだなと。

仕方なく鬼滅くじやってるだろう次の店に向かった。もう時間にして開店時間30分過ぎてその店に着いたからまーた売り切れているだろうとダメ元で行ったらなんかまだ残ってた。幸い人も並んでないしなんとラッキーな店を見つけたと思った。が、なんか賞の品ほとんどないじゃん。しかもここは3回までしか引けない。何の賞が残っているのか考えていると先を越される。急いで3回引くことにしてさあ捲ろうとしたら店員さん二人が捲りだす。いや、そのくじ捲るのが楽しいんじゃんと突っ込もうとしたけど、ああこのくじまるでコミケでシャッターサークルに並んでるそれと変わらない雰囲気だなと考えると納得。結果E、F、F賞。なんだやっぱりな。ん、でもレジの後ろに禰豆子フィギュアがある。じゃあまた引こうと再度3回引くことに。35のよくわかんねぇ年齢の男がくじを引く姿はホントよく飽きないで熱中できるもんだよなぁと自虐になる時がある。だけど禰豆子フィギュア欲しいもん。出来はいまいちかもしれないけど禰豆子ならなんでもいい。

親子連れや若い学生風の子とまじりながらくじの列に並ぶのはある種気恥ずかしさもあります。いい年してそんなんだから独身なんでコレはもう許して下さい。意外と腐の方もとい若い女性の方は並んでなかったなぁ。もうミッションコンプリートしたの? さすがだな。今一度くじを3回引く。うわぁなんか少ない。この少ない中から禰豆子を連れて帰るというキモオタ魂が燃え上がりキモイ。そしてついにこのキモい男は禰豆子のB賞を引いた。残り十数枚から3枚引いて引き当てれたのはひとえにキモい情熱があったからこそ。

この日のくじの為に生きてきたのだから喜びはひとしお。禰豆子フィギュアなんてどうせ引けねえと思っていたけど、今まで一番くじで引いた賞の中で一番うれしいです。

 

 

 

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一応どんな様子なのか他の店に鬼滅くじあるかと確認したらどこもかしこも完売。 何ロットかいれてたけど開始20分で完売したらしい店も。 なんなんこのくじ? マジ意味わかんねー。そもそもなんでこんな大人気なのか。そういや並んでた時親子連れが目立った。鬼滅のアニメは鬼の首が飛んだり血液滴る描写があるけどそういうのレイティング的に小学生に見せて大丈夫なのかなぁ? 漫画ではそれほどでもないかもしれないが小学生とかでも好きなんだね、ちょっと驚いた。それにしてもどこもかしこも1時間も持たないような一番くじって今までなかったような。買い占め防止に3、5回に引く回数制限しても正午になる前になくなるってどんだけ好きなんだと呆れる。だから当てることの前に引くこと自体難しいなんて今までのくじの価値観を覆している。これはなんなのか? 一瞬の熱狂の中なのだろうけどこれだけ盛り上がるくじを引けたことがよかったとそんなことを考えさせるくじでした。

以上自慢でした。

※追記

今回の一番くじは小学生くらいの小さい子も引いていた。そしてこう考える。やっぱり金を払えば払うだけたくさんくじ引けるっていうのは考えてみるとどうなのだろうかと思う。それじゃ金持ってる人間がたくさん引けるから上位賞も当たる確率高くなるだけで、反対にあまりお金を持っていない小学生はくじをたくさん引けないわけで上位賞当てる確率は金ある人間よりも低くて、そう考えると金にモノを言わせバンバンくじを買うことに疚しさを覚える、私は。それじゃお金を持っている奴が強いとなり、お金を持ってる奴が幸せになり、お金ない方は自ずと不幸になるという資本主義のあり方に疑問を持つ私の考えがこの今の一番くじに当てはまる気がしてやるせない。お金を払ってたくさん引いてもそれは金の力で己の運の良さではないと思う。子供と平等に1回2回引いて上位を当ててから自慢しろよと。

だから小学生も働いているからといって子供に財力の差を見せつけようと10枚もくじを引く大人もまずは平等に3回とか1回とかくじを引く回数を制限するのが平等のくじだと思う。そして一回くじを引いたらもう一回くじを引けなくすればいい。整理券を使ったりして。それがくじの本来の運を試すものであるだろう。お金を使えば当てられる確率が高くなるという金持ち優遇措置のそういった態度をとるのであれば今回の鬼滅のくじは回数を制限したことは、大人気だからという理由だけでなくお金の関係で多くは引くことが難しい小学生でも上位を引くチャンスはあるという今後のあり方を模索するべきとそう指し示すすべになればと思う次第。

一番くじなんて金をたくさん払って引いてくれたほうが店としては後腐れがなくていいのかもしれないし、引くほうも金にモノを言わせてでも当てたいという根性は特に文句はなかったけど、こういう小学生に人気なくじの場合はある程度の配慮もあってもいいのではないだろうか。金がある奴が勝つ、無い奴は負ける。そういう社会の縮図がこの一番くじというものに表れていると感じたら途端に一番くじが憎らしくなった。それと欲しいものにはお金をかけてでも欲しがるその物欲の浅ましさ強欲さ(ロット買い)、自分さえ良ければ相手のことは気にしない(子供が見ている前で何十回もくじを引く大人)という薄情さをこの一番くじでも感じるのである。

全てのチャンスは平等に。これが私の一番くじに対する願いである。