寄らば大樹の・・・どこか2

その日その日感じたことを書いていくみたいな。たまに変なこと書くときもあると思いますが馬鹿だなと思ってスルーして下さい。

チルノ汚いアパートに里帰りとドールというものについて

去年の大みそかからちょっと仕事の関係で中国に出向いていました。正月は中国河北省のホテルで迎えました。今日において日本寒い寒いと言われているけど、中国なめんな!! 寒い言う前に凍死するよ。中国で怖いのは公安と凍死だよ。素で凍死してるよ。日本なんてナンダアレ? 寒いテレビでいう前に日本で寒いからっていって凍死するかよ。中国舐めんな!! そんな私の中国の身の上話は仕事についてあまり口にしたくないのであんま検索してくださんな。その代り、今年になってもどうでもいいことのほうが話したくなるもの。それより中国行くほど仕事してんのかよ嘘くせーと思うかもしれないけど、俺だって行きたくねーよ。中国の便所汚いし北京ダックマズいし。

 私の数あるオタ趣味所有物でも存在感を感じさせるものがある。

 

 

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このスマホ写真に写る髪が水色の白と青を基調にしたドレス姿は東方紅魔郷の2ボス「チルノ」である。キャラに関して説明すれば今は落ち着いたが、ニコ動全盛期あたりでは東方の顔ともいわれるほどの人気キャラ。そのチルノのドールというわけであり、どこの品かはボークス社。ボークスはミク、セイバー、アイマスデレマスのキャラなどをドール化していて、多くが限定生産であり再販はなく今では手に入れるのは中古でも難しく、どうしても欲しいならアマゾン、ヤフオクなどの個人(クソテンバイヤーから)から買うなどするほかない。後は都心なら中野、秋葉原などのまんだらけで目につくくらい。

2012年、あのころは震災の心の精神を落ち着かせるその反動で東方関連のグッズを買いあさっていた。そんな多感な時期に買ったのがチルノのドールであり、今でもグッズ関連単体で6万も出したのなんて後にも先にもチルノドールのみである。買ったのはたしか2012年5月6日の東京ビックサイトで行われたドールズパーティー27の時だったな。ボークスのキャラクタードールはその辺のオタショップとかでは買えない。買うにはイベントやボークスの指定された日時に店舗において並んで抽選券貰ってとか、普通に大根みたいに気軽に買えるものではない。

そんなくそめんどくさいことしてくそたかい金出して買った。しかし私もキモオタの部類というかキモオタなのだが、数々のオタクといわれる趣味の中でもドールだけはハマれなかった。ドール沼という言葉があるが、ドール一体買うとまた次のドールが欲しくなり、今度は着せ替えのために高い(アクシードで売っているような)可愛らしい洋服を揃え、今度はウィッグ、ヘッド、アイ、そんで小物とそのドールを撮影するカメラ機材と青天井で金を消費してしまうといわれていた。それが私にはなかった。フィギュア沼は確かに私にはあった。バカみたいにフィギュア買ってたし、今でも買う。しかしドールにはそれがなかった。何故か?

ドールが基本嫌いだから。

なんと身も蓋もない。ドール趣味に嫌悪感を抱く人はいる。ドールは可愛らしいものだと素直に受け入れていくのはドール趣味を持つ人ならば、それと反対ならばドール自体が怖い、薄気味悪いと感じる人たちである。さて、ドールの何が嫌悪感抱くのか? 私が聞いた中ではドールの瞳がまず挙げられる。フィギュアのようなアニメチックなアイプリではなく生身の人間のようなグラスアイがリアルすぎて不気味で怖いのである。

 

私自身は疑似科学としているが不気味の谷現象というものがある。ロボットなどに最初は愛嬌があって好意的に見ていたのが人間に近づけたような精巧過ぎるロボットを見た瞬間嫌悪を抱く。ロボットがある日突然嫌悪感に転じるのはリアルすぎて気味が悪いという感情の波が変化するとは、感情の波が下降線をたどったその時こそが不気味の谷といわれる。要するにロボットアニメに出てくるロボットはいいけど、リアルで写実的なロボットはなんか怖いと。それを回避するためには本当に生身の可愛い人間を見たとき。その時が好意的感情の波が上向きに転ずる。

主な具体例はこちらの図(1)を参照

(私は別にダビンチがキモいというわけでもレズ好き以下略)

 

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図1

※こんなものは個人の千差万別な感情にすぎず、すべての人が不気味の谷に陥ることはないので論理的ではない。ゆえに疑似科学と私は思う。第一、人の感情を普遍的に論理づけるのは不可能。

 

不気味の谷現象。確かにこれと似た感情がドールに対して起こり得ることだろう。精巧な人形もそれではマイナス材料。ボークススーパードルフィー(SD)は愛好家の中では大変な人気を誇るが相反する評価をする人も又いるのは瞳がリアルすぎる、髪の毛や人形自体のボディも艶めかしすぎて嫌という感情。また人形の作り自体が不気味というのもある。人形は魂が乗り移りやすくて何か意思を持ち出して動き出しそうな錯覚を感じる人はドールを怖い不気味という。あとは人形といえば市松人形に代表(語弊があるが)されるように呪いとかで物語に登場することがあり、そのイメージからドールを語ってしまう人も又いる。だから怖い不気味。ちなみうちの母は退職したさいにフランス人形を贈られたが即捨てた(信じられないようですがマジです、マジ)w

ドールはリカちゃん人形のような愛らしいものだと思えばチャイルド・プレイのようなギャグ映画ものを連想して怖がる人もいる。私は後者のタイプ。じゃあなんでドールなんて買ったのという話だが、チルノだから。それだけにすぎない。ドールの中でもチルノがドールになったのは東方の一時期の熱狂所以である。その熱狂に私は乗った。東方のチルノがドールにしては可愛く思えたからドールに嫌悪した私が買っただけ。チルノじゃなければドールは買わない。唯一例外なのはセイバーのキャラドールだが、あれも結局は怖そうだから買うのをやめた。ネタとして持つにしても維持とかではなくて怖いからが大方の理由。どんな好きなキャラでもそのドールを買うのはまだできていない。そう考えたらチルノは特別だった。

あ、あとこれは私の極めて個人的な感想だが、こういったドールはお迎え(ドール界隈においてドール購入はお迎えと呼ばれている)したら最初から服は着せられてなくスッポンポン裸坊主頭で刺激的な状態でケースにある。そんな裸のドールと分けられている衣装を着替えさせていくのだが、このドールに服を着せていくのが私はたまらなく抵抗があった。いくらドールとはいえ、いい年した男が幼児体系の女の子に服着せているのはどう見ても変態としか思えない。こんな着替えているところうちの母がみたら気が狂って死ぬかもしれない(オーバーだが)。なんか「俺薄汚れちゃったのかな」という何とも言えない感情で。やっぱああいう裸の状態から服着させるのってときめき☆変態倶楽部じゃないのかなぁ。

またどうでもいいことを長くするがこのチルノのドールを私は知り合いに預けていた。当初はボロアパートにお迎えしたのだが、根がズボラなせいかよりによってカレーうどん食ってる時に汁をチルノのきゃわいい服につけてしまった。凹んだ。洗っても取れないし「染み抜きしてよ」とクリーニング屋に頼んでも「なにこの小さい服?」と相手してもらえず。何とか自分で染み抜きしてもだめだこりゃ。そんでまーた台から落としてヘッド傷つけるし「てめぇドール持つ資格ねえだろ」とドール愛好家たちからはゲキ怒だろう。里帰りかとか入院とかそのボークスのキモイ例えを使って修理に出すのもアレだからこれ以上ここのゴキブリアパートに置いておいても汚すだけだから知り合いに預かってもらった。そりゃ手放すのは寂しかったが。そんで年が明けたら「なんかやっぱお前が里親だから」といって私に返したというわけ。やはり私のキモオタの念を吸い込んでいるのでそれが知り合いには悪影響を及ぼしたのだろうか。んで前に買ったフィギュアケースに入れておくことにした。やっぱドールはケースに入れるべきだよ。いいケース買ってあってよかったよ。翠星石蒼星石のフィギュア追い出してでもこのケースに入れておくのかよ。今度はこの姉妹を知り合いに預かってもらうか?