寄らば大樹の・・・どこか2

その日その日感じたことを書いていくみたいな。たまに変なこと書くときもあると思いますが馬鹿だなと思ってスルーして下さい。

益子焼

AKBのアレをダチんところで見た。

そんで私が発狂した。

私「やっぱり広瀬すずちゃんが一番いいっ、いいっーーーeeeee」

持ってきた広瀬すずが黒猫の着ぐるみ来て「にゃー」やってるチャルメラを食いだす。ダチにお土産に持ってきた品を自分が勝手に食う(笑)

ダチ「お前さぁ…広瀬すずのほうがもっと腹黒いんじゃねえの?」

私「あぁん!?(苛) なにここはっ!冷蔵庫に長ネギもないの? ねぇ、な、長ネギはないの?」

ダチ「俺は広瀬すずのあの人を見下す態度のほうが嫌いだけどな」

私「ひ、広瀬すずちゃんはそんな子じゃないんだーーー、ないんだああああああああああああああああ」

ダチ「ロリコンてめえうるせえんだよ! 隣に迷惑なんだよ!!ていうか出てけよks」

私「広瀬すずちゃんは性格悪いだけで恋愛してないもおおおおおんんんんっっっお前はちはやふる袴姿のずずちゃんのなにも知らなっ…」

ダチに首絞められる。それでも懲りず愚痴をかます


昔のアイドルはもっと神秘性を持っていた。今のアイドルに至っては物質文明に毒され大量生産大量消費により消費者に廉価に提供できるようにぎりぎりに品質を落とされた。お湯を入れれば3分で出来上がるインスタントラーメンみたいなアイドルが幅を利かせた今、アイドルの付加価値は失墜した。何故なら無くなってもインスタントラーメンの如く3分でまた出来上がるからだ。それは豊かさゆえの貧しさである。量の増加は質の低下とは外見は豊かで華やかでも内面はゆとりがなくなり心がすさんでいく。之こそが資本主義の過ちである。求める者は価値のある者ばかり。その価値にまで騙されることが資本主義文明の悲劇である。金は信頼を勝ち得ない。どんなに金を積み重ねても資本主義はそれに答えてくれない。だってそうだろ。どんなに金をかけても結局は結婚してしまうのだから拝金主義を弄んで人の心砕くそんな資本主義とは金が人の心を腐らせたのだ。かつてマルクスは資本家は労働力を価値どおりに買ったとしても、支払う賃金を超えて価値を生み出すように労働者を働かせることによって、超過分を無償で取得する余剰価値を資本論で唱えていたが、いうなれば、アイドルからファンは必要以上にその趣味に使う以上の金を絞り出されて運営は利益を上げている。そうでなければ一度に何十何百枚のCDを買わせることを容認するわけがない。金をかけて総選挙の順位を上げるのは不正な選挙だという認識を全くしていないのがそもそも間違いなのである。剰余価値とは資本家が労働者から必要以上にその富を搾取しているがAKBの運営はファンから必要以上に金を搾取している。これこそが資本主義の間違いである。全く私はマルクスに賛同する。今日のサービス残業長時間勤務有給の未消化は今から200年前から指摘されていたことだ。つまりマルクスブラック企業の誕生を予言していた偉大な人物であり、そもそも今の資本主義的戦略に特化した売り方のAKBの「そこ」が好きでない。そもそも金をかければ順位が上がる選挙なぞ民主主義の風上にも置けない
                 / ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄\
\ 正直、イヤだった。そんでまあ |  うるさい黙れ |…予想通り、痛い思いをした…わたしは…
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                          ∨  (゚д゚ )  ←俺
                       <⌒/ヽ-、__ノヽノ |
                 ダチ→  /<_/____/ < <
               
※実話です

その後追い出されたというか外の空気を吸いたくなりネカフェにいったらそのまま寝た。後で風呂入った時にどれだけ垢が取れるか楽しみである。せっかく栃木に来たのだから観光でもするかと思って益子焼。なぜ益子焼かというとトーハクの焼物展示会を見に行くだけそれだけ焼き物の関心はある、と思う。お茶は案の定アニメイトで買ってきたアレ使ってるけどたまにはちゃんとした(?)湯呑で茶を飲みたい。湯呑を買いに益子の共販センターへ。



狸!? 狸と言ったら信楽焼を思い出す。それにしてもでけぇな。

なかなかいい湯呑が見つからない。無理して濱田庄司氏の湯呑買おうとしてた私がバカ過ぎた。150万以上するし人間国宝に失礼なこと。手に取ろうと見ると落として割りそうだから怖くて手にとれない。ここってスーパーで走り回っているガキみたいなの連れてくるのはリスキーだよな。割っかいたら半分は弁償らしいし。火の精と土の精の声が聞こえてきそうな(笑)湯呑を探してかれこれこういうの買った。

この焼き方、色、釉薬の施し方。これがよかった。値段は野暮なので言わない。値段がその物の価値を決めるというのならば大間違いだからだ。値段がいいものであるという価値観の違いとかは普遍性ではないでしょ、焼き物に至っては。そもそもなんで栃木に行ったのかは音楽活動の一環。私指揮者やったよ。あっ、あとあるイベントで私宛に届いてた品物をダチから受け取った。いろいろあった。「でもこれは…」と思うものがあった。


↑(笑) なんだよ誰の差し入れだよ。博麗神社例大祭いけばよかったな。