寄らば大樹の・・・どこか2

その日その日感じたことを書いていくみたいな。たまに変なこと書くときもあると思いますが馬鹿だなと思ってスルーして下さい。

私が好きなアニメエロシーン

ここのところ昔の漫画やアニメを見てばかりいる。
その中で少し気になったアニメがあった。そのシーンはすっかり忘れていたあの時の追憶に思いをはせる。

ところで私は元来エロというか性的な表現はあまり好きではありません。下ネタ下品は好きですが露骨な性描写のある作品は好きになれません。信じてもらえないでしょうが私はエロ本エロビデオが大嫌いです。ロリコンの分際でと思うかもしれないが、私はその、服装や素顔の可愛らしさに惹かれるのであって、それが裸になるとその可愛さとは別の感情を抱くのです。要するに裸の嫌悪感であったり性行の嫌悪感。裸や性行に可愛さなんてありません。あれはただのエロです。可愛さとエロの違いとは天と地ほどの価値観が私には存在するのです。私はエロ本エロゲのような性行を描いてそれで満たしている方というのは断じて否定しませんが、それをまるで自分のポリシーかのようにあたりかまわず宣伝する方は大嫌いです。何故ならそんなのは正常な人間にとってアブノーマルという感覚がある。普通ならばひた隠ししていくことなのは社会性を問われれば必然であり、だからエロとはレーティングを設けて今なおひっそりと隔離されて販売されることからも起因して他人に言うものではない。また人が性行してアヘ顔になって精子ぶっかけられている絵をみて普通の人ならば嫌悪感を抱くはずである。それを平気でむしろ興奮してしまう様をアピールするのであれば少し異常である。エロはグロと一緒の価値観を持ち、その価値観とはある種普遍的に嫌悪される点であるのはエログロという言葉でくくられている通り察しがつくだろう。エロを隠さないのは惨殺死体を見て興奮するグロ好きが列車にひかれた死体を他人に見せびらかすのと同じであり正常な人間の感情を持てないことを意味する。他人に言いふらさないまでもそんな穢れた性行為を面白いと思う心理状態が問題である。このことに対して人間性の未熟さに起因するこころの問題としている。それはエロという空想は自分には決してかなわぬ願望であり、かなわぬ願望をいつまでも追い求めているさまが現実を見据えられなく自分の都合のいい世界にばかりひた走る浅ましさが人間性の未熟さゆえであり、エロ本からの決別ができないのであればいつまでも思春期のままであることからも人の未熟としている(精神科の医者が言ったことなので主観要素の域を出ないが)。私はエロが好きならば人にそれを公言してしまうのは差し控えていただきたい。そういうものが好きな人ばかりではいないのだから、エロを嫌う人もいるだろうに自らその危険性を把握せず己の性癖をなんの配慮もせず発信してしまうその人間性の未熟さだろう。ふつうなら隠すところだろうに。

それとエロで一番許せないのは女性の人としての自尊心、尊厳を著しく侵害していることである。女性の性を、快楽の、オナニーの道具としてしか見ていなくそこに愛はない。性行描写には女性を男の欲望を満たすだけの物体としか捉えられていない。男がいかに自分勝手な生き物なのかエロ好きからは私は読み取れてしまう。当たり前だ。苦しんでいる性描写の女性の絵を、たとえ笑顔でも弄ばれているかのようになすがままにされている性描写の絵を見て喜んでいる他人の痛みを感じたりする能力の欠如がある者に女性を果たして「人」として見ているのか甚だ疑問である。倫理を問うわけではない。女性がひどい仕打ちをしているさまのエロというものにたとえ絵でとかであっても罪悪感を感じたりしない人間が果たして本当の愛というものを知っているのだろうか。性癖を差別するのではない。だが一人の意見は今の日本ならばまかり通るはず。私はエロが嫌い。これは私個人の意見であり、多数の意見として同調されるものではない。

以下を読んでいただくことで私はエロが嫌いである。しかしこれは別。






当時小学の私にはあんまりすぎるインパクトだった。この動画の2:50がソレ。ヘレンちゃん。なんかエロというよりもこれほどの艶笑はギャクとして絶頂を迎えている。それに今の絵柄の精錬された綺麗なものよりも古臭くもどこか懐かしくて温かみを感じさせる情緒がある。今の日本にはない独特なエロシーンであり、今なおこのエロシーンを上回るエロシーンが思い出せないか知らない。

一般アニメとかのエロシーンとかで有名なのはドラえもんのしずかちゃん・・・これは説明不要か。私が挙げるとすればルパン三世トワイライトジェミニの秘密のアレか。不二子ちゃんが敵のオカマに捕まり縛り付けられているところオカマが不二子ちゃんにムチを打ちつけるんだけど、そのムチで打ちつけたときに服が破れて不二子ちゃんのおっぱいがこれはこれはこんなの放送するんじゃねーよと言いたくなる。「オカマが女を裸にしてどうするのよ!」という不二子ちゃんの突っ込みがエロと笑いを同時にもたらした。それは最高級のものである。このシーンはレンタルビデオへ行くことをお勧めする。あとは思い出せるエロシーンというのはあざといというか視聴者に媚びているエロシーンが多い。今までアニメとか見てきたけど、そそるシーンというか、「あちゃー」と頭を抱えるだけの品がないものしか浮かばない。せめて瀬戸の花嫁で主人公が準ヒロインのケツを不本意ながら揉んでしまってそれを見た準ヒロインの父親が主人公を殺そうとするも準主人公が「尻くらい触ったくらいで何なのよ!」と父親にキレるシーンとかエロが笑いになるシーンをもっと思い出したい。江戸前瑠奈は私からしては最高のツンデレキャラ。

原作であるジャングルの王者ターちゃんという漫画は格闘漫画にはないギャグが異彩を放つ。格闘とかバトル漫画とか下ネタ下品はその戦う様みたいなストイックな世界観を壊しかねないから憚られるもの。それなのにターちゃんは真面目に格闘している時にもギャクを飛ばす。これはもう革新的だと思う。そのギャグもあまりにも下品というかアブないものなのだから。それでも緊迫感の中にその一瞬のスキを突いてギャグを飛ばすその緊迫感を断ち切って笑いに変えてしまうのは相当な力量がないとできないことだと思う。だからこそ強烈な下ネタが効果的になってくるのだろうか。普段はギャグでも戦いになればギャグを挟む余地がなくなるのはあのアブないネタをぶつけてくる銀魂でさえも戦いはシリアスに徹しなければならなかった。ターちゃんにはそれがなかった。普段笑いが起こらないであろう場所で笑いを生じさせようとするその行動は度胸がなければできない。葬式の棺にさつま芋入れようとしたどこかの芸人がいるように度胸がなければできない。私はそんな度胸あるこの漫画が好きだ。こんな緊迫している状態でいつ変なギャグが飛び出すのか読んでいてワクワクする漫画である。

しかし正直言うとターちゃんは初期の頃のジャングルを舞台にしたギャグ路線が好きで、後のヴァンパイア編、クローン編はシリアスをギャグで打ち砕きっていないのは残念。ギャグとシリアスの落差が好きだけど、例えるならばナイアガラの滝が日々の浸食で削れてきて往年の落差のある圧巻の瀑布の姿がなくなったという感じがする。私が好きなのは中国トーナメント編かな。ターちゃんファミリーのギャグと梁師範の生真面目さとの性格のミスマッチかつアンバランスさからなる会話の掛け合いがグー。いかにして真面目な性格をバカをもって崩していくと真面目なそいつはどういう反応をするのかという人間心理のやり取りみたいなのを私はこの漫画で学んだ気がする。対して評価しずらいのが残酷というかグロい描き方がある点。人体切断は不快でした。アニメとかのグロシーンは体がある程度デフォルトされてそれゆえ実際の身体と比較して現実感に乏しいので私はそんなシーン全く平気で笑いすら起きるのですが、このターちゃんの漫画というのは筋肉を描くのがうまいだけにその切断された身体を描くのもうまいからリアリティがあり(画力があるからなせる業だが)あれはいくらなんでも残酷すぎます。グロにはギャグの清涼効果もありません。アニメでも重傷になるくらいの攻撃されたときに赤い血が飛び散るワンシーンをカットにいれるのは子供に見せるにしても怖いです。やはり初期のギャグ満載の一話読み切りあたりが良かったと言ってしまえばこの漫画の否定ですが難しいところです。

色々書いてたらパソがフリーズして一から書き直したから最初に書いたよりか内容が淡白になった。キンタマ伸ばして空を飛ぶ主人公なんてこのターちゃんというマンガ以外にありません。その点だけでも評価されてしかるべきと感じますが。

ちなみにターちゃんの好きなセリフは「やりにくいなー中国の人って真面目だから」

中国編のトーナメントに出場する時の最初のシーン。梁師範がこしみの姿のターちゃんに対し戦っているときチンコが見えたりしないように道着を着させるが、ターちゃんは道着を上下逆に着るボケかます。梁師範に「そんなに着たくないわけー!?」と突っ込まれた際にファスナーから顔をのぞかせながらのセリフ。

真面目な人は確かにやりにくいのです。悪いことではないんですけど私は真面目な方が苦手だからこのセリフにシンパシー感じる。