寄らば大樹の・・・どこか2

その日その日感じたことを書いていくみたいな。たまに変なこと書くときもあると思いますが馬鹿だなと思ってスルーして下さい。

渋谷ハロウィンの馬鹿騒ぎがとてもうらやましい。

回りくどく言いたくないので。ああいう馬鹿騒ぎは社会の閉塞感からなる一種の反動だと思います。

思えば、ニュースを見て何が楽しいのでしょうか? 暗い、殺伐、世知辛い世の中は今なお変わりません。そんなんだから、若者は社会問題なんて考えるよりも、もっと楽しいことに目が行きがちになり、その目の前に現れた光明が渋谷ハロウィンだったのです。自分の頭で考えて解決策を模索するのは誰かに任せて、自分は楽しみたい。私も今の世相を論じることは大変苦手です。なぜなら、それが難しく、頭痛くなるから。現実からの逃避の結果が、あの渋谷ハロウィンだったのではないでしょうか?

今の若者は少なからずストレスを抱えている。そのはけ口があってもいいじゃないか? いつまでも解決しない社会問題に頭を悩ますなんてバカバカしいですし、生きていくことの僅かながらの苦痛を感じれば、今の若者は心が繊細です。祭は己の活力を蘇らせるモノ。それがたとえ屈折した形になってしまった西洋の風習でも、騒いでストレス発散。

「大局を見失いそして逃避する。何をそんなに馬鹿騒ぎをする。恥を知れ愚民共!」と嘆く事なかれ。だって社会がクソつまんねーんだもんな。毎日クソみたいなニュースに若者は嫌気がさしてるんだよ。何を言っても執行権がなければ変わらない政治。あれやこれやの懲りない不正「またかよ、田代」。いじめ、虐待の陰湿日本人。下らない理由で人を殺して何になると言いたくなる殺人。聞いてて情けなくなってくる交通事故。ピーピーウンコならぬTPPという名の外圧、無駄に元気な老人にあてる社会保障費を若者に捻出させ、貧乏化して結婚もままならないその若者。くだらないおやじギャグのように繰り返される豊洲盛り土土人基地問題。・・・いつまでそんな話題に付き合わせるつもりなんだろうか。そんなんだから若者にソッポむかれるんだよ。社会問題? そんなもん笑っておけ。

ハロウィーンバカ騒ぎ。それこそが、若者の総意であると感じます。帝政ローマの治世には「民衆にパンとサーカスを与えればよい」。それすなわち、国民に趣向物を与えれといて、政治の不満を逸らす意図が示されている。今の日本社会に当てはまるかもしれませんが、私は望むところです。それに仏教の戒律を取っ払う最澄がいるくらいの自由過ぎる日本の宗教感の前にハロウィンの本来の風習もクソもありません。この国は宗教的ニュアンスが少ないのです。日本のハロウィンに宗教を問うのがナンセンス。ごみなんでいくらでも散らかしても構わん。飯を食ったらうんこが出るのが当たり前のようにごみが出るのも当たり前だろうに何を嘆いているんだと。秩序無視の政治を思えば公共秩序なんて無視しても構わないのだからごみ問題で水を差すなって。

私は常々悩みを抱えている。「ああ私にはわからない」と。

そう感じたらとりあえず騒いでみるのもいいのかもしれない