寄らば大樹の・・・どこか2

その日その日感じたことを書いていくみたいな。たまに変なこと書くときもあると思いますが馬鹿だなと思ってスルーして下さい。

私ができること

今年4月下旬から仕事上東京に転勤になった。転勤といっても、なんというか転勤しなくていいのに私がいれば便利という話の元、ことが進んだようで。最初東京へ行けと言われたときに「えーマジすか!? マジすか学園」というリアクションは想像に乏しくないものだが、内心東京という場所に憧れていたから嬉しかった。そんな東京で一人生活する自信は大学生活で少しは味わったから、それにいい大人なんだから一人暮らしできないでどうする。問題は住む場所。できれば千代田区あたりに住んでやりたいのだが、家賃とかアホだろあれ…ということで予想はしていたが。親の知り合いの紹介で墨田区のどっかで暮らすことになった。なんだ、親の力使ってしまった、アダルトチルドレン
東京は茨城と違って都会すぎた。だからにぎやかで好きだ。行き交う人や物をその土地いっぱいにぶっ建てたビル、商業施設の背景と重なり合って「これが都会の幻想なのか」と余韻というか、あの東京の一日を駅前で過ごせば作家ならばどう表現したくなるのだろうとか、ふと考える。私が見た東京は太田ひろみ「木綿のハンカチーフ」の歌詞にある「都会の絵の具」という比喩が実にしっくりくる。その絵具はたくさんのきれいな色があり魅力でもあり混ぜてみると新しい色ができてくる(東京は新しい発見ができてくる)。そんな絵具に染まらなくても、利根川に架かる橋を常磐新線で渡りきれば、茨城に帰れば東京の空気とは明らかに違う。絵具が溶けてなくなる時だ。うーん相変わらず田舎のくせして車がうるさい。故郷はなんだかんだでホッとする。よく東京暮らしで垢抜けるとか田舎を軽蔑してきたりするという体験談を聞いたりするが、私は確かに東京は好きだがそれと相対的に田舎(茨城)が嫌いになったりはしない。「あー田舎くせぇ、ヤンキーが屁こきバイク(ブンスカブンスカマフラーから煩い)で頑張ってるよ(笑)」とその気風に愛着はある。垢抜けたとかは今でもスーツ姿とユニ○ロと二者択一の服装しかやっていない。東京暮らしでおしゃれになるものか。
前おきうざく、この時期はまた都会の絵の具を落としにやってきた。

その目的、わたしができることは子供たちといっしょにピアノを弾くこと。あまりにもプライベートなこととしているので詳しくは言いません。ボランティアは誰かに必要とされ感謝されることで成り立つものですね。必要とされている以上、できることをするだけです。


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数年前のこの時期に、子供はピアノを弾いた私にプレゼントをくれた。実家にあったのを大切にしている。



※相も変わらずデジカメとか携帯画像をパソコンとか意味不明だから無理にスキャナしたらなんかこえぇ(笑)

私「ポケモンのキャラクターだよね。さ・・・おさるさんの・・・えっえっ・・・と」
子供「ヒコザルだよー知ってるー?」
私「あっあっそうそう、しっぽが燃えてるんだよね。確かリザードンもしっぽが燃えてるんだよね(知ったか)」
子供「・・・・」
私「(お面を持ちながら)ポケモンゲットだぜ!(意味不明)」
実はあれ以来、ポケモンについてネットで調べて学習しましたね。やはり子供たちの会話の話題をこちらから学ばないと、その子供たちとの一緒の高さの目線に立ってあげなきゃいけないと思います。それにしても、私にポケモンのお面をあげると言われたときはとてもうれしかったです。自分の大好きであろうその物を他人に譲るというのはある程度の心に許せるものがあったからでしょう。それなのに以前は…なんか私は照れてるのか案外人見知りな態度をとっていました。
それからというものそういう態度はやめた。できることをして感謝されたら喜ばないといけないから。