寄らば大樹の・・・どこか2

その日その日感じたことを書いていくみたいな。たまに変なこと書くときもあると思いますが馬鹿だなと思ってスルーして下さい。

あまりにも壮大な勝利

アジア初の栄誉
なるほど、感慨深くなる。韓国の通信社がそう題していたのをヤフーで見た。おそらく日本のスポーツ界に永遠と輝き続ける栄光の系譜となり得た出来事。女子サッカーW杯の決勝で日本が米国を負かしたという、というよりW杯優勝は日本だけにとどまらずアジアの国の底力に世界各国は驚かされたのではないか。ドイツ戦の時にもブログで触れたがサッカーは人種の違いが能力的に差が出てきてしまうと感じてた。それをいいことにまぁ、私のあまりにも個人的な思いこみなのだが、東洋人は欧米の身体能力、体格からいって勝つことは難しいとか東洋人となら楽な相手だろうというような欧米人の奢りやら慢心が感じ取れて嫌だった。そんな白人至上主義はコンプレックスの表れだと思うかも知れないが・・・。欧米に打ち勝つアジアの強さ、これ見たり!
だから私はこれで日本の勝利がアジアの光を世界の向けて輝かせたことに日本人としてもアジア人としても大変誇らしい。韓国もその辺を意識して「アジア初の栄誉」としたのだろう。うん、この見出しは気に入った。
フジテレビの青嶋アナの実況も耳に心地よく試合を振り返った映像を見た感想。選手達の凄まじいまでの勝つことへの気持ちとその精神力。それが米国に先制されたとき殺気に似た感情に変わっていたように映像から怖いくらいに感じたのだが。そのあまりの激しい情念は応援する日本国民に訴えかけてくる部分が余りある。技術やそんな合理主義なんかではない極めて精神的な部分で米国に勝っていた。要するに日本が勝てた要因はどうしてもその点を挙げたくなる。もちろん選手各個人のプレーのうまさも存分に発揮していたのだが、それを最大公約数にまでもっていったのが勝ちたいという気持ちが支え続けていた。日本がドイツを破った時にここまで来たなら「断じて勝つ」。それが何でも世界一に拘りたがるアメリカの国民性みたいなのに打ち勝つのだからそれを可能にしたのが・・・そのそれほどの勝ちたいという気持ちはどこから生まれたのか。
テレビでは純粋に勝利を祝福していた。選手のエピソードや地元の応援風景を写した番組構成は感動的だった。だが、やはり私みたいな日本のナショナリズムを選手は意識していたとは解説者などからは聞かれなかった。今の日本は厳しい状況のなか、この勝利が日本をどれだけ勇気づけるかそれを選手達は絶対意識していたと考える。そこから生まれる公的な思いは個人の能力を超えた未知なる感情となり勝利の原動力になる。しかしメディアでこんな「国旗に捧げし勝利」といってしまうのはプロパガンダとして選手を利用してるという印象が拭えないので、日本国民全員の信条にあわせると「日本おめでとう」と手を挙げて喜ばせるだけに止まった報道になってしまうのだろう。こういう私みたいなのは一個人の意見であるから新聞の社説程度にいうだけになっておいたほうがいいのかは分からないが。ちなみに例によって管総理がこの勝利を政治工作にしようとしている批判があるみたいだが私はなんとも嫌われてるんだなぁと。一国の宰相が日本のために戦った選手を労うことだと純粋に見てあげてはどうかと。これだけ大きな大会を制したのにそれを褒めてあげない宰相なんてどこにもいないだろ。そういう勘ぐりを聞かされるとせっかくの勝利を政争に持ち込もうとするなんて、まぁ萎えるんです・・・。ぶっちゃけ、スポーツを国威高揚に結びつけても私はよいと考えてる。こんな大変な時期だから。
今回もなんだか思想的に他者受けしないようなことを書いた気がする。純粋に勝利を喜ぶとともに、思いを綴るとこういうこと言ってしまいたくなるのです。