寄らば大樹の・・・どこか2

その日その日感じたことを書いていくみたいな。たまに変なこと書くときもあると思いますが馬鹿だなと思ってスルーして下さい。

ブログ社員なんてたーくさんいるが

ブログをやるようになってことの是非はさておき、ちょっとした変化がついたことにはよかったと思っている。まぁ、時々思うことが私の文章は実に回りくどいと思う。変な言い回しをしてるから読みづらいと思ってませんか? これは私なりの個性を出してるつもりなんだが・・・。あと、いろいろなカテゴリーに首突っ込んで主体性がないブログなのは個人の日記なのであしからず。なんかよく言うよね、こんなこと。
家でテレビ見てたら竹原信一氏が市長選で敗れたとは。議会を解散してしまうくらいだから(よくよく考えれば凄くね?)こうなることは予想したが、政治手腕が問われたのか独裁が嫌われたのか。私は政治家は国民を豊かにしてくれれば汚職をしてよい。そこを小市民の道議で政治家を判断することはないと小室直樹氏の考えにまったく同調するんですよ。政治倫理が成り立たない? 間違いではないが国民を豊かにしてくれるなら、できないくせにクリーンさを売りにしてる政治家(今の・・・とは言わないけど)なんてただの役立たず。私は実益を最優先するのだ。以上私のレクチャーおしまい。
あー、つまりこの方はあまりにも独善的すぎたのね。もっと周りの人を見渡せればよかった。政治手腕としての評価はパフォーマンスでは受け止められなかった。
私はあんま好きになれなかった。ハッタリかましてるだけでどうかなと思ったし、そのハッタリが主観的に写るから市民を意識した客観性が見て取れなかった。職員の給料明細を張り出して市民が豊かになるか? もしかしたら職員が市民から嫉妬されて職員は嫌気がさすぞ。職員がむかつくから市民に嫌われるようにしてやろうという市長のなんとも嫌らしい思いを垣間見た気がしてならない。こんな行為は市長が職員を信頼できてないのでしょう。そりゃ職員は張り紙をはがしたくなる。市長と職員の信頼関係を崩して何が市政だ。市民だけに支持を得られればというものではない。
私はこの件であんま好きでないから嫌いになりました(はぁ)。あんまり論客気取りもうざいので、まぁ日本では独裁者は嫌われるということです。これは井沢元彦氏の著書「神霊の国日本」での目次にあるのですが、日本人は「何事も話し合いで決めろ、ひとりで決めるな、けっしてひとりで決めてはいけない」(本誌からの引用)という日本人の感性があるからとしている。みんなで仲良く「和」を重視する日本人ならではの感性を井沢氏は鋭く指摘する。しかし時代の中にはどうしても一人の天才に国家をゆだねなければならない、織田信長のような人物に。井沢氏はこんな風にいってる。固定概念を打ち壊して新しい価値観を切り開けるような人物を著書では望んでいるのだが・・・果たして今回のブログ市長。これに近いモノが通じていたか。私は良くも悪くもどうなんでしょう?
石油ヒーターにドン近付きながらテレビを見る私。画面には前市長になってしまった何ともうすら寂しい表情をして、まだ目的が達成されてないなら私もそれを見ておきたかった感もしますが・・・。


神霊の国 日本―禁断の日本史

神霊の国 日本―禁断の日本史