寄らば大樹の・・・どこか2

その日その日感じたことを書いていくみたいな。たまに変なこと書くときもあると思いますが馬鹿だなと思ってスルーして下さい。

入場行進曲に御託

金杯で乾杯とか一年の計は金杯にありとかそういう感覚で馬券は買いたくない。というのも外れたらああ今年の競馬はダメだーとネガって一年を通して引きずる根に持つタイプですので。そういう防衛本能が働いて金杯は買う気がおきないのです。でもどうせ買えないけどね。
そういや今の競馬の入場行進曲って観衆の興奮を誘い、場の雰囲気を高揚させる効果といわれるとあんまでもないよね。いや、2008年からあるのに何か思い出したように。たいていのスポーツ行事に使われる行進曲ってのは単純ながらも強烈な推進力、求心力をもってそうなんだけど、客がはっこんで(茨城弁で興奮して)手拍子、喝采が競走馬に悪影響を及ぼすからそうさせない旋律をあえてえらんだのだろうか。それでもLegend Will Beginは大変新鮮な曲である。前にも書いたがスポーツマーチにないメロディアスさとコンサートマーチ風であり競馬場で聞かせるにしては洒落ている。
だがねぇ、やっぱそれだけしか言えなくなったなぁ。あとは当たり障りのないBGMばっかりなんだよなぁ。作曲なされた方には失礼なこといっちゃうが・・・。今の入場行進曲は胸の高鳴りを、金を賭けてる者を煽ってくれというような曲がないのが寂しい、大人しい。そう感じさせるのは実はシンセサイザーで打ち込んでるかのように聞こえるからであるし、ぶっちゃけ誉めといてLegend Will Beginにもその感は拭えないのが唯一の気がかりでしたん。いくら大好きだからって東方の曲調でも競馬の入場行進曲なんてイヤだよ私(笑)。なにも「祝典行進曲」のような格調高さとか「祖国」のような壮大な旋律じゃなくても(この二つの曲おすすめCD買って)。差し替えるなら競馬やってる人をわくわくさせる旋律にしてくれとか、やっぱ客をはっこませるのが重要なんだよ。
あんま言ってることが好きになれない北野義則氏の著書「日本競馬の7つのバカ」(バカというタイトルで買った笑)で「競馬は興行なんだから馬に悪影響とかいってもファンファーレで手拍子、喝采して盛り上げるのはなんぼ。実は馬はプロフェッショナルな存在として音でビビるようでは調教師の馬の精神の鍛え方が未熟で、馬がビビるから客は騒ぐなということではしっかり調教できてない腕のなさをあぶり出してるだけだろ」。要するにファンの盛り上がりに水を差すこのような意見は気にイランと氏らしい意見なんだが、氏の「競馬という名の興行」と題してはその通りだと考え、手拍子や喝采は興行ゆえの客の自然な行いでそれで悪影響がでるのは興行の失敗。手拍子や喝采、それが原因で馬がレースで敗れたと調教する側が認めたら賭けを伴った興行として成立していない。この理屈はなかなかあなどれない。あー、話それてる。
この理屈でいけばファンファーレではないが、競馬を盛り上げるためには入場行進曲もそれに裏打ちされた曲を正直なところ用意して欲しかった。音楽だって競馬を楽しませる一つの手段であり、行進曲は前に進ませようとファンを後押しするような。私のファン心理から言わせれば今のゲームのようなシンセ感がでて、客を大人しくさせるような入場行進曲(結局こう思ってしまっていた)ではやっぱりダメなんじゃないかなと。そのうち今の曲にも慣れてくればいいとは思わない。曲が大人しいのはどんなに聞こうにも私の考えと相反するから。じゃあどういう曲がいいかは文の上から5行目に戻って下さい。具体的にあの胸が躍り高揚の高まりには「サラブレッド・マーチ」です。あの曲調と馬が軽やかに馬場入場してくるシンクロ率はハンパないと思う。それがなんで今ねーんだよアホ。
なんか書いてあなた偉そうですね? 自分でそう思いました。うーん、こんな感じの曲調はどうかな? 競馬場の入場行進曲に。
マーチ「スタウト・アンド・シンプル」(原博作曲)